シリコンバレーから将棋を観る

読んだ。実は私も、「指さない将棋ファン」なのだ。
「指さない将棋ファン」としては共感せざるを得ない、著者の「将棋ラブ」がヒシヒシと伝わってくるいい本だった。


シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代

シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代




私は、いかにして「指さない将棋ファン」となったか


将棋は、小学生の時、将棋相手がほしい父ちゃんに教わる。父ちゃんの駒は玉と、持ち駒として歩3つしかなかったが、ボコボコにされた。将棋に慣れてくるにつれて、父ちゃんの駒は増えていったが、その度にボコボコにされ、すっかり嫌になり、将棋を指すのはやめた。
高校生になった頃、世間で羽生フィーバーが起き、また将棋に興味を持った。学校の休み時間、友達と将棋を指すようになる。受験勉強の邪魔になるということで、学校の先生からは目をつけられたが、放課後に友達の家に集まって、ヘボ将棋を楽しんだ。大学への進学が決まった後、友達の一人と久しぶりに将棋を指したところ、ボコボコにされた。以前は互角だったのに・・・。後に、その友達が指した戦法は、「藤井システム」と呼ぶことを知った。また、その友達は大学で将棋部に入部しようとしており、立派な将棋台と駒を購入し、日々棋書を読み、将棋を熱心に研究していることを知った。将棋は、研究しないとボコボコにされ、嫌な思いをするだけだと思った。すっかり嫌になり、将棋を指すのはやめた。
大学に入り、将棋は指さなかったが、なぜかNHKの「将棋の時間」はよく観ていた。あと、本屋で「将棋世界」も立ち読みしていた。内容はさっぱりわからなかったのだが、雰囲気と、そして、掲載されている局面図が好きだったのだ。ちょっと太めのフォントで、序盤から中盤にかけて、駒と駒がきれいに連結し、先手のアーチと後手のアーチが徐々に接近する様子や、駒がさばけ、勝負が決し、寒々とした投了図の様子を観て、かっこいいなあと思ったりしていた。そんなある日、将棋好きの大学の先輩につかまり、もうやめておけばいいのに、やっぱりボコボコにされてしまうのであった。また、将棋がすっかり嫌になった。
もう将棋はうんざりだと思いつつ、将棋道場で受付のアルバイトを始めた。弱いけど、将棋が好きだったのだ。道場の先生は、後に知ったのだが、現役のプロ棋士の先生だった。また、一緒に受付の仕事をするおじさんが何人かいたのだが、後にA級に上がるプロ棋士のお父さんだったり、超有名な別のプロ棋士のお兄さん(アマ6段と聞いた)だったりした。お三方とも、人間的にすごくいい方たちで、アルバイトの合間に、いろんなお話を聞かせていただいた。そんなある日、


「なぜ、将棋道場はどんどん減っていくのか?」


という話になった。アマ6段のおじさんの予想は、


「将棋はねー、やっぱり勝ち負けがね、キツいんやねえ。負けると、もんのすごくやしいでしょ?その点囲碁は、もっとおおらかよ。だから、みんな囲碁に行ってしまうんかもしれんねえ」


だった。囲碁はやったことないのでわからないが、「将棋は、勝ち負けがキツい」というのは、ものすごく納得できた。やっぱり、将棋やめとこかな・・・と思ったりもしたが、将棋道場のアルバイトは楽しかった。お客さん同士がうれしそうに、「どや!参ったか!」とか、「自慢の一手がありまんねん」と掛け合う様子が好きだったし、道場に来ていた小学生の男の子がどんどん強くなっていくのも、なんだか自分のことのようにうれしかった(その男の子は、先日プロ棋士になられました)。そして、なによりいろんな将棋を観ることができた。その時、「将棋世界」に掲載されているようなきれいな局面図は、なかなか現れないことを知った。アマチュアのお客さん同士だと、お互い仕掛けるのが早いし、離れ駒がすぐできたりして、盤面がぐちゃぐちゃになってしまうのだ。プロの将棋って、奥が深いんだなあと感心したのであった。
その後、特に決心したわけでもないのだが、将棋は特に指しておらず、しかしNHKの将棋や、タイトル戦の中継は今でもよく観ている。「指さない将棋ファン」というのは、なんともいい言葉だと思った。


「指さない将棋ファン」は、増えるの?


梅田さんの「出でよ!平成の金子金五郎」に賛成で、技術的な話だけでなく、もっと将棋にまつわるストーリーを、面白おかしく、時に下世話に、語る人が増えることが重要と思います。将棋界には、おもしろストーリーが多い。本書にも載っている、「小学生に、渡邊明君という天才がいる。その子に羽生くんはやられるんだ」という予言のエピソードは、高校生の頃「月下の棋士」の巻末で読み、へぇ〜と思ったのだが、去年の竜王戦で、本当に現実になってしまった。「その子に羽生くんはやられるんだ」と予言したのが、中原永世十段というのも、ちょっと不思議で、まさに「月下の棋士」みたいな感じがするんだよね。将棋は弱くても、こういう話を「いやー、不思議だね」とか「おもしろいね」と語れる土壌が増えると、いいなあと思った。そういう意味で竜王戦の「竜王戦ブログ」は、普段将棋を観ない人でも気軽に観れるし、現場の臨場感が伝わってきて、すごくいい試みだったと思います。これからも続けてほしいし、可能なら名人戦でもやってほしい。
あと、絶対実現しないだろうけど、タイトル戦とか、A級順位戦の最終局とか、おもしろいところだけ切り取って、ニコ動で観てコメントできるようにするといいと思うけどね。「シリコンバレーから将棋を観る」の読者って、学生か、20代〜40代ぐらいのビジネスマンが多いんじゃないかしら。イメージだけど。「指さない将棋ファン」のより広い潜在層に届くには、もっと下世話な方法も必要なのではと思いました。