国際金融の現場―市場資本主義の危機を超えて


1998年に初版が出ているから、10年前の本。


自分には金融の知識も、さっぱりないのであった。なので、「金融ビックバン」や「アジア通貨危機」というトピックは昔あったなーと思いつつ、金融用語には脳が全く反応しないため大変往生した。ただ、わからないなりに読んでいれば、いつの日かムクムクと湧き上がる何かを得られるであろう。


本書を読んでいたところ、ちょうどNHKスペシャルで「インドの衝撃(3)"世界の頭脳"印僑パワーを呼び戻せ」を見た。海外に進出して成功を収めたインド人がネットワークを築き、助け合い、繁栄していく。これを印僑と呼ぶらしい。


本書では「グローバリゼーション」という言葉が頻出し、とても懐かしい感じがした*1のだが、印象に残ったのは以下のような文章。

中国人とユダヤ人の大きな共通点の一つは、金融・商業あるいは海運等の分野で国を超えて企業活動を行うこと、また、国家という権力機構を信頼せず、大家族や宗教、文化的絆をベースにする固いコミュニティーをつくり出してきたことにあろう。それは、川勝平太に従えば、海と交易をベースに歴史を支えてきた二つの巨大なネットワークだったということができる。

国際金融の現場 P176

以前、ニューヨークで非ユダヤ系のアメリカのバンカーが、ディナーの席で私に小声でささやいた言葉が最近、妙に現実性をもって思い起こされるのである。曰く、
「榊原、しょせん、日本人やアングロ・サクソンは、グローバルな商人等にはなれっこないよ。とても、ユダヤ人、中国人、あるいはアラブ人にはかないっこないんだから。」

国際金融の現場 P176



10年前の本だけど、この状況は今もゆるぎなく変わっていないのだろう。そして、祖国の外で成功したインド人も、ヨコのつながりを深め、巨大なネットワークをつくろうとしている。翻って、日本人には「日僑」みたいなものはあるのだろうか。なんとなく、ないような気がする。


じゃあだめなのかっていうと、日本も一時的とはいえ、すごい儲けた時期があったんだよね。なので、成功するための方法は国によって違うだろうし、また同じ国であっても時代によってやり方は異なるような気がする。外国とオープンマインドで切磋琢磨する姿勢は保ちつつ、一番大事なのは自国の特質を分析し、強みを生かすための方策を考え、そして強みに集中することなのではないかなあと、本書を読みながら考えていた。具体的にどうしたらいいかまだわからんけど。

*1:グローバルという言葉はあまりにも定着してしまったのか、最近あまり聞かない気がしていた